人間ドラマとしても素晴らしい「ウォーキング・デッド」
前に映画の友と会った時の会話。
友「なんとかウォーキングって知ってる?」
私「それってデッドマン・ウォーキングの事?ショーン・ペンが
死刑囚でサランドンが出てるやつ」
友「あれ?タイトル違うかも…。なんかゾンビが出る海外
ドラマなんだけどね」
私「え~~興味あるけどわかんないや」
実は友が言ってたドラマこそが今話題騒然(それは大げさ?)
の「ウォーキング・デッド」だったと知るのはそのほんの少し
後の事でした。
「ウォーキング・デッド」は「ショーシャンクの空に」や「グリーン・
マイル」のフランク・ダラボン監督プロデュースによるサバイバル
ドラマ。
主人公の保安官は銃撃戦の末負傷し病院に運び込まれます。
が、次に目覚めた彼が目にしたのは誰もいない病院。正確
には”何者”かは存在していた。
グロテスクな状況を目の当たりにした彼は絶望とともに自宅
を目指します。しかし、そこには妻も息子もいなかった…。
これが冒頭。保安官が眠っている間(これはまるでバイオ
ハザードのアリスみたいな状況ですね)に世界は一変して
しまった。死者が甦り生者を襲う。死者=ウォーカーたち
は本能としての食欲の為だけに生者を貪り喰う世界。
黒人親子に助けられ状況を把握した保安官は妻子の
生存だけを希望にウォーカーたちがはびこる世界に飛び
出していく。
2話までは録画したのに3話を忘れてしまうという不覚
第1シーズンは全6話。これは絶対に4話は見なければ。
しかし、かなりのグロテスクな映像なのでゾンビ物が
苦手な人にはおすすめしません
ただ、ホラーだけでなく人間ドラマとしても見ごたえがある
のは確かです。印象に残った第一話のシーンでは…
公園で下半身がちぎれ腸を出してズルズルと這い、それ
でも本能でしか生きていない女ウォーカーは保安官を
襲おうとします。が、当然無理。武器を手に入れ旅立つ
前に再びその公園に行く保安官。”死ぬ”=止まるという
選択を自分で出来ないウォーカーにとどめをさします。
ウォーカーにとって”生きる”=食欲を満たす。それだけ
の為に”生きている”。感情もなく食欲だけ。だから”止まる”
という本能はそこにはない。”止められる”のは生者だけ。
ただ頭を撃てばいい。
このシーンだけでウォーカー側の悲しさが表現できて
いたと思います。何が悲しくて誰にも歓迎されない死
からの甦り。その悲しささえウォーカーには感じる事
ができない。
保安官を助けた黒人の父親はウォーカーになって
しまった妻にとどめをさそうとするけれど出来ない。
子供の為に、そしてここから旅立つ為には妻を楽に
しなければいけない。しかし…。
今は全13話予定の第2シーズンがアメリカで放送
されているようです。そういえば映画の友が言って
たのは「誰が死ぬのかわからない展開」。準主役
級の人が犠牲になるかもしれないというドキドキの
展開なのでしょう。
きっとゾンビ物苦手な人の中にはヒューマンドラマ
が好きな人が少なくはないでしょう。う~~ん、グロ
いけれど本当はすすめたいな~。
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